美輪明宏~音楽会2008~を観た

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江原さんからお花です

土曜日、朝から久々に陶芸教室へ。

交野にあって普段は教室などやっていないのだが、
陶芸市で作品をみた知り合いが、
教室をやってほしいと頼み込んだのを便乗して
私も3年ほど前から通いだしました。

っていっても先生も忙しく、1年ぶりぐらいの教室。
「これ○○さん(←私の名前)が作ったものだと思うんだけど…」
と先生がお皿を指差したのだが…覚えがない…

裏を見ると、確かに私のサイン。
どーも出来上がったのを見ると、こんなん作ったっけってのが多い。
焼き上がりまでは半年以上かかるし、忘れるっつーの。

作品作りというよりは、土を触りたくてやってる感じ。
パソコンの画面ばっかりみていると頭がアホーになるしな。
わたしの場合。

土のものを触っていると気持ちがいいのよ~
よいしょよいしょと土をこねていると集中力もつくし、
終わった後は頭がすっきりします☆

で、午後から、
美輪明宏~音楽会2008~
に行ってきました!シアタードラマシティです。

早くに梅田に着いたので、母と伯母さんとで
カフェ ラ ボエム 茶屋町へ。
ランチセットでスープ、ガーリックトースト、サラダと
蒸し鶏と青ネギの和風ソースのパスタと
ポルチーニ茸と本しめじのパルメジャンリゾットを頼んだ。
美味しかったけど、量が多かった~。1350円なり。

美輪さんの講演会には10年位前に行ったことはあるのだが
音楽会は初めて。
ちなみにその頃から頭は黄色でした。

舞台はたくさんの花と天井から流れる星の群の
オブジェでとってもきれいです。
美輪さんは黒い頭で淡いピンクのドレスでエレガントに登場。
第一声は「こんばんは、江原啓之です」でした(笑)

第一部は「朧月夜」など、昭和初期の歌や童謡がメイン。
うーん、知らない歌ばかりなんだけど、
お声と声量にただただ感激。

歌と歌の間には、その歌が流行った時代背景やご自分の体験談、
そして今の政治に対する嘆きなどユーモアを交えてトーク。
観客を飽きさせないサービスっぷりはさすがでございました。
あと優雅に「うんこ」を何度も連発していたような(笑)

で、ずっと生で聴きたかった「ヨイトマケの唄」。
泣けた泣けた。

お母さんが一生懸命働いている姿をみて
いじめられている子供ががんばろーって涙をぬぐう唄なんだけど
(↑すごいテキトーな説明)

母親に対する思いって、今も昔も変わらないと思う。
うちは父親があまり働かない人なので
母はずーと働きっぱなしだし、障害を持つ姉にかかりきりでもあった。
どーやら母的には私は放っておかれてたようなのだが、
私自身寂しい思いをしていたかというとそうでもない。
ヨイトマケの子供のように、母の働く姿を見て
母親とはなんたるかを学んでいたように思う。

第二部は、大人の時間ということでシャンソン。
黒レースのドレス姿で、とても色っぽくて素敵です。

やっぱり美輪さんはシャンソン!!
恋に胸弾む乙女から亭主に浮気された中年女、
女たちの情念、魂が乗り移ったかのように、
歌い上げる姿はすばらしい..。.:*・゜(´∀`)゜・*:.。.

特に印象的だったのが『老女優は去りゆく』。
美輪さんの作詞作曲で生涯を舞台に捧げたある女の物語ですが、
マレーネ・ディートリッヒがモデルだそう。
美しかった世紀の大女優が、老いさらばえた時の残酷さを目の当たりにし、
衝撃を受けたといいます。

女優を目指す少女時代から、年老い迎えた引退のとき。
「ハウルの動く城」の荒れ地の魔女そのままの声色で、
「今日は来てくれてありがとう…」そういいながら
腰を曲げておぼつかない足取りで舞台袖に消えていく様は
きっと美輪さんが見られたディートリッヒそのもの。

そして同じく美輪さん自身も72というお年、
(自称24歳らしいが、たまに500歳ともおっしゃる(-ω-))
それが重なって見えてしまって悲しくなりかけたのだが
とんでもなかった!!

袖に消えたと思った次の瞬間、
あの堂々とした出で立ちで再登場されたときは
拍手喝采!!!
もう、思いっきり拍手しちゃった!
でたーっっっ!って感じで(笑)

アンコールは、エデイット・ピアフの「愛の賛歌」。
舞台の背景は純白の孔雀、そのうち金にかわり、
金の紙ふぶきから頭上から舞い落ち、
その下で輝くばかりに愛の歌を唄う美輪さんは神々しくて
観音様のようで思わず母と拝んでしまいました(笑)

いや、良いものを観させていただきました(お腹いっぱい★)

大阪天満宮で流鏑馬神事

本殿で祝詞中。右側にいる人が掲げているのが的
本殿で祝詞中。右側にいる人が掲げているのが的

会社の近くに大阪天満宮がある。

24日の3時から秋大祭の一環として
流鏑馬神事があるというので、
社内全員でいそいそと見に行く。

もちろん留守電にして(どんな会社や)

だってせっかく近くで伝統的神事が行われてるんだもん!
二日前昼、天満宮周辺をぶらぶらと散策して
お知らせ掲示板が目についたんですもん!

見ろってことでしょ!↑鼻息荒し

 

場所取りせねばと、15分前に境内に入ったが、
人はまばらで関大馬術部のお馬さん二頭が出番待ち。
本殿前には高殿が設けられて紅白の御幣がひらひら。
あの高さから射るのか!?←ぜんぜん分かってない

この神事は室町期に既に行われていたらしい。

高殿の周りを三巡
高殿の周りを三巡

祝詞をあげる声が本殿の方で聞こえ、
神職の方が騎乗して高殿の周りを三巡。
表門を出て馬場清めに参道を一往復。
つぎに麻裃の陣笠を着た前駆者が騎乗し
高殿の周りを再び三巡。
で、そのまま表門を出て参道を速歩で
日の丸扇子を投げる。
その落ちた場所が的の位置になる。

沿道はかなりの人。
的の反対側でシャッターチャンスをうかがう。
「馬がすべるかもしれないので気をつけてください!」と
案内の声。

すべる??

と思っていたら、なるほど馬は普通、土を蹴るんだもんね。
アスファルトの道路だから滑りやすいんだよ、と
地域のボランティアさんが教えてくれた。

さて、室町時代の狩装束を着た本駆者が騎乗して
表門の前で一時停止。
そして勢いつけて駆け出した!と思ったら
正方形の薄い木でできた的を半弓にて打ち破ったのである!

狩装束を着た本駆者が的めがけて走る!
狩装束を着た本駆者が的めがけて走る!

すっげー!!!(゜∀゜)

ぱからっぱからっと馬の駆ける音!
かっこいい~!!!ヾ(≧∇≦)と思っていたら
割られた木に向かって
一斉に沿道から人があふれ出てきたΣ(゜Д゜;≡;゜д゜)ェェ,,

 

なんでもその木をもらうと厄除けになるらしい。
ボランティアの方も割れた木を細かく裂いて配っている。

いやはや、なんともご利益をもらおうと
あさましいばかりに向かう人の群れ!!

そしてご多分にもれず、私ももらいにゆく(笑)

タンスに入れておくと、良いことがあるそーだ。
うきうきと木を持って帰社したのであった。 

いやはや楽しいひと時でした♪←仕事しろよ

通勤に新しい車両を使ってみる。

いつもの通勤。
京阪の新しい濃紺ボディ車両が来たので、おっ!と思って乗った。

座ってみる。

むきゃーっ!!座り心地抜群!!!
今までいろんな電車に乗ってきたけど、ナンバーワンですよ!
ふわあっと包み込むようにお尻がフィットして、
気持ちいい~!!

こりゃ寝てまうワ☆:*・゜(●´∀`●)ホェ:*・゜

なんだか朝から幸せ~と思っていたら、
次の駅のアナウンスの前に妙なお知らせ音楽が流れる。
次いで日本語、英語と録音テープのアナウンスが流れる。

うるさいよ( -“-)枚方から寝屋川までって結構、駅から駅まで短いから
ひっきりなしに音声が流れてる感じ。

駅員さんの妙~なイントネーションの関西弁で
「次わぁ~…」で十分なのに。

でもこの座席にはまた座ってみたい私なのでした。

京阪中之島線、開通!

人の間に入り込んで撮った
人の間に入り込んで撮った

今日、京阪電車中之島線が開業した。
水都大阪の中心、川の真ん中にある島の地下に
電車が通ったのです!!!
ヽ(・ω・´)ノワーイ♪ヽ( `・ω・)ノワーイ♪

「一万人の第九」の歌練習後のついでに、
野次馬根性丸出しで
京阪天満橋駅から中之島駅までGO!

天満橋駅のホームはいつもより人があふれていて
特に一番前が大混み。
ボディが緑色か暖色系だった京阪にしては
画期的な( ? (笑)) 濃紺ボディ!!
キタ━━Ψ(゜∀゜ )( ゜∀゜)Ψ キヨッタ━━!

かっこええ~!!:*:・。,☆゜’・:*:・。,
皆一斉にカメラや携帯でぱしゃぱしゃ凄いフラッシュ!
すげ~これが鉄っちゃんって呼ばれてる人たち?

つられて私も撮る(笑)
座席のシートも濃紺色、つり革も紺色。きれーだなあ。
あと、ロングシートがスエード調で手触りがすごくいい!

駅は「なにわ橋」「大江橋」「渡辺橋」と全部「橋」がついている。
各駅のホームがきれいだなんだとわーわー騒いでいたら
中之島駅に到着。

すごーい!「木の駅」だ!!ホームの壁が総木貼りで、明るく、地下特有の圧迫感もない。
火災とか大丈夫なの?
と思っていたら、なんと不燃木なんだそーだ。

地上にでるとそこはリーガロイヤルホテル。
ホテル内のたっっかいコーヒー飲みながら、
川と堂島の街並みを眺め、ちょっと贅沢な時間を過ごした。

中之島駅から出町柳までは65分で着くそーだ。
ダイヤも変わり、枚方・樟葉にも快速が停まるようになったので、
ちょっとは帰り時間も短縮かな?
便利になって嬉しい限りの「私もおけいはん」なのであった。

ついでに書いちゃうが、中之島駅をICOCAで入り、
淀屋橋から地元までは定期があるので、
清算機に2枚のカードを入れようとしたが、
どーしても入らない。
駅員さんに言ったら結局現金払いになった(210円)
なんだそりゃ。

まだまだよな、京阪。←何様

会社を設立する(3)~子会社と出資会社~

資本金が300万程度の会社に、資本金一億の会社が出資したいという。
つまり子会社になれということだろうか?

子会社になると財務や事業方針を自由にできない。
それはやっぱり違う、と生意気にも思う。

そして二度目、布袋さん似の本部長様より、電話。

やっぱり社長が出資したいとおっしゃってるという。
おまけに経営には口ださない、とまで。

ええ社長さまやなあ~☆:*・゜(●´∀`●)

一代で会社を大きくしたスゴい方(しかも40代前半)なのだが、
育ちがよさそうな、なんとゆーか、偉そうな感じじゃない。
かなりのこだわり派なので、
周りにいる人たちは大変そうなんだけど(。・w・。 ) ププッ
社内の雰囲気もよく、社員の皆さんに好かれている感じ。

で、緊急社内会議(ウィークリーマンション6帖一間)。

「二度は断れないねー」
「そうですねー」
「それじゃ合同会社は無理だね」

「株式会社にしないと」

…話がでかくなってきた。

いろいろ話し合った末、
過半数株式を所有すると子会社になるので、
代表が50%以上の株を所有し、監査役および私と営業の女性が40%、
残りの10%未満を保有していただき
出資会社として協力をおねがいすることになった。

たかだか3人の、吹けば飛ぶような弱小会社の私たちに
手を貸そうとしてくれるのは、
今まで私たちがやってきた仕事への評価で、
何かこいつらやらかしそうだ、という期待値なのよね?

その気持ちを裏切らないようにがんばらないとなあ。

そして社長となったkさん、この出資話は想定内だったそうだ。

恐るべし。

そして知り合いの司法書士さんに登記申請をお願いし、
9月設立に向けて動き始めた。

会社を設立する(2)~出資の話~

WEB担当Kさんのご友人、Tさん。

生産者の顔が見える安全で美味しいお米を扱っている米問屋さんで
日本米穀小売商業組合連合会の認定制度「 お米マイスター五ツ星 」を
取得されている職人肌のすごく面白い方。
↑全国で220人(平成17年10月末日現在)しかいないそー。

そんなTさんが、うちの会社の監査役を引き受けてくださることになった。
ありがたやありがたやヽ(●´∀`)人(´∀`●)ノ

ほんとに会社としてやっていけるのか、不安ながらも、
協力してくださる会社さんやKさんのご友人の方々、
今まで通りお付き合いしていただけると
おっしゃってくださったほとんどのお客様に感謝感謝。

私はなあんもしてないけどヾ(。・ω・)ノ☆てへ

さて合同会社にすっか、どうすっかの時に、
ある会社の本部長さまより電話が入る。

kさんと、布袋さんのように素敵なこの本部長さま、
以前勤めていた某会社からのお付き合いだそうで。

ほうほう、なにやら先方の社長様が
うちに出資したい、とおっしゃってると。

…。細々と、自分らの食える分だけでいいかと話してたのに!
(まあ、全然そんなこと思ってないけど(笑))

資本金一億の会社様が、出資して下さると!

 

とりあえず、丁重にお断りする。とてもとても。
そんな大きな会社様とのおつきあいはきっと大変。
有難い申し出でしたが、丁重にお断りした。

 

でも事態は急変する。

(続)

会社を設立する(1)~ウィークリーマンションでお仕事~

20日、いろいろあったが、
社長にお礼を言って会社を出た。

社長は目を赤くして「がんばってくださいね」と言った。

悪い人ではないのだ。
ただ、行く道が分かれただけだ。

それに出て行く人より、残されたほうが、きっと辛い。

どうしようもないことは考えても始まらない。
それより、新しい会社のこと!
すぐにパソコンが使える環境に移らなければ。

ということで大阪扇町周辺のウィークリーマンションに移動。
これが、悲劇の始まりであった(-ω-;)

ウィークリーマンションって初めて入ったけど、
六畳一間のフローリングにベッドとテレビとクローゼット、
小さなキッチンには皿やフォークやスプーン、なべ、ヤカンなど
一式揃っている。電子レンジもある。
あと風呂場とトイレは別々。

泊まるには、いいよな。

でもここに集うのは、三人の人間とパソコン三台と
その周辺機器と書類と引越しで出てきたモノの山。

はうぅ~…微妙( 。-ω-)-ω-)-ω-) シーン・・・

とりあえず、ベッドを壁に立てかけ、マットの上にパソコンを置いて
フローリングに座って作業。

腰が痛え。

一日でめげる。

座って立つと腰が曲がったままで、なかなか元に戻せない。
もともと腰は悪いのだが、更に痛めてしまった。

三日後、見かねたWEB担当のkさんがテーブルを用意してくださった。
ありがとうございます(助)

仕事は順調で協力会社さんに手伝っていただきながら、
なんとか納品をこなしていった。

電話もスカイプを使えば、問題なしΣd(゜∀゜)ィヵ酢!!
こちらの声は聞き取りにくいようだが、チャットもできるし
テレビ電話も可能だ。しかも無料。
いい時代になったねぇ…(しみじみ)

さあ、問題は会社をつくるが、具体的にどうするかということ。
WEB会社では、資本金300万円程度で合同会社というのが意外に多い。
2006年の会社法施行に伴って有限会社法が廃止されたので、
有限会社って、もう設立できないんだな~。

そしてあるお米問屋さんが、助けてくれることになった。

(続)

会社を解雇された(3)~会社を出る~

盆休み直前に解雇を言い渡されてからは、
15日を除いて土・日も出勤し続けた。

社長はたまらんと思ったのか、
助っ人の税理士を呼んだ。

税理士は持っていくデータのリストを書き出せという。
念書にサインする。

はー。
特に持っていきたいデータなんかないんだけどな。

それよりもとにかく嫌だったのは
私たちが何か持って帰るんじゃないか、
なにかしでかすんじゃないかという猜疑心で
日を追うごとに社長の言動、行動がおかしくなっていった事。

営業の女性の横に立ち、
「あなたは帰ってください!来ないでください!」
と大声でパワハラする。
社長の言い分は、引継ぎはWEB事業だけなので、
制作の私とWEB担当が出勤するのはわかるが、
営業の引継ぎは3営業日で十分だから
あなたは盆休み中出てくるなというのだ。

でもこんな状況で、ゆっくり休んでいられるだろうか?

こーゆーのが一番疲れる。

何年も、共に、同じ方向を向いて仕事をしてきたはずなのに。
いつの間にか、社長と私たちはまったく違う方向を見ていたのだ。

もう一緒に仕事はできない。
お互い疲れるだけだ。

こうして8月20日、親しんだ堺筋本町を出た。

一年前、事務所探しでビルを見に来た。
古いビルで、ここはあり得ないなと思っていたが、
案内されたフロアに足を踏み入れた瞬間
「まあ!まあ!まあ!」と感嘆の声をあげたほど、いい部屋だった。

燦々と光が入り、まるで未来にすばらしいものが待っているかのように
輝いてみえたのだ。
その部屋が良いか悪いかは、入った瞬間にわかる。
こーゆー直感は、かなり信じている方。
まさか一年で去ることになるとは思っても見なかったけど彡(-ω-;)彡

でもきっと、わたしにとっては次の準備のためのステップで
幸せでラッキーな場所だったのだ!
(↑超ポジティブシンキング(笑))

そんな手放したくないほど、気に入っていた事務所だったけれど、

何かを得るには、何かを手放さないとね(*´∀`)b゜

21日以降も仕事はつづく。
納品を待っている会社もある。

とりあえず、ウィークリーマンションで仕事を始めることになった。

会社を解雇された(2)~自分のするべきこと~

クビにはなったが、WEB事業は引き継がれることになった。

クライアント様が、会社が変わってもメンテナンスや制作を任せたい、
と言って下されば、解雇の20日以降も仕事は発生する。

解雇の日まで実質3営業日しかない。
その期間はクライアント様への連絡に終始するだろう。

その前に納品すべき原稿を仕上げ、身の回りの整理、
引越し&引継ぎ作業、必要な仕事のデータバックアップ、
21日以降のネット環境のある仕事場の確保、
必要なパソコン等機器類の買出し、新会社を作るために必要な諸々。

とにかく時間がない、そう思って
盆休み初日、クビ組、全員出勤。

会社に着いたら、社長がいた。

驚いていた。

何故?(笑)

休むと思っていたらしい。

どんな思考回路持ってたら、そんな発想が出るんだ。

3営業日で全てできると思ってたの?
そんな、お気軽な仕事は、していないつもり。
私は7年、営業の女性は11年勤めてたんだもの。

どんだけ能天気なんか~い(髭男爵風)

ああ、この人は何も解ってはいない。
しみじみそう思った。

放っとこ。

さあ、私が一番にすることはなんだ。
気持ち的にはファイルの整理がしたかった。
今まで製作してきたもの、いるものいらないものを分けて
そのほとんどを捨ててしまいたかった。

でもクライアント様には絶対に迷惑はかけられない。
こんないい加減な会社と契約しただけでも迷惑なのに、
デザインができなくて遅れても
ゴタゴタで納品が遅れるなんかとんでもない。
(ん?(笑))

で、自分なりに順位↓

1.納品すべき原稿
2.新会社準備
3.身の回りの整理
4.引継ぎ

じゃ、と20日に納品予定の原稿に取り掛かっていると
社長がトコトコと私のMACの横に来て
「○○会社のホームページは僕の嫁がやるから、
やり方教えてくれる?」

……。

悪いけど、最後。

「あ、最終日に誘導しますネ」とにっこり。

社長、スゴスゴと引き下がる。

3人とも黙々と自分のすべき作業をすすめている。
社長は所在なげに私らの作業をじーっと見たり、
外へ電話しに行ったり、うろうろうろうろ。

WEBのすべてを管理するKさんが
「何か持って帰ったりしないか、監視してるね」
と言った。

…そうなん?

あー疲れる(脱力)

仕事しろよ仕事~。

ほんと、どーでもええ。

仕事させて。

(続)

会社を解雇された(1)~突然、辞めてください~

広告会社に勤めてました。

盆直前の12日、午後4時頃いきなり税理士が乗り込んできた。
社長が悲壮な顔して「重大発表があります」とのこと。

「すみません、会社苦しいんで、今月20日で辞めてもらえますか」

は?

明日から盆休みで~あさってには徳島の阿波踊り見に行く予定で~
17日出勤だから~……

ってあと3日しかないじゃん!!!

会社4人しかいないのに、3人クビかいヾ(–;)オイオイ

…するってーと…え、倒産ですか?

「いえ、僕一人ならやっているんで会社は存続します」

なんじゃそりゃ。

社長の横で税理士がさくさくと事務手続きを進めている。
二か月分の給料、退職金の支払い手続き。
通常解雇の通達は30日以上の期間を要するのだが、
その日数を満たさないため、一ヶ月分の給与がプラス支払われるらしい。

WEB事業の撤退。理由は儲からないから。
え?ものすごーく売り上げあがってますけど?
お客様は順番待ちでどーしょうもないぐらいですが?

確かに以前から社長と社員の間でトラブルが多かった。
でもこんな急だとは思いもよらなかった。

社長の顔を凝視する。
目の前にいるこの人は、一体誰だろうと。

ちょうど一年前、ある会社の倒産のあおりを受けて
何千万もの負債をかかえた。
売り上げも良く広い事務所への移転を考えていた矢先の出来事。
社長も悔しくて涙、涙だったけど
WEB事業部を立ち上げ、新事務所で皆でがんばっていこう、と
あのころは一丸となっていたように思う。

計画倒産して、多くの人たちを騙して逃げた経営陣を見返すのは
会社を大きくすることだと思った。
酒を飲んで愚痴って泣いてる場合じゃない。
今、頑張らんで、いつ頑張るねん。
そう思って、社員全員、結構頑張ったと思う。

でも、だんだんと社長の顔つきが変わってき始めた。
お金、お金、お金。

会社にあるボールペン一本、自分のものだという考え。
目先のことしか考えない経営。

社員の心は離れて完全に二分してしまっていた。

あのころに比べると随分と変わってしまったなあと
と社長の顔を見ながらしみじみ思った。

当の本人はちらちら、と私の顔を見ては下を向き、
そのうち顔を上げなくなったので
横の税理士を見つめた。

おしゃべり好きな、頼れる税理士さんだった。
親身になって税金に関する相談を受けていてくれたけれど、
社員にじゃなくて、社長家に従いていた人だったんだなあ。

その税理士さんも能面のような顔で視られているのが怖いのか、
(もともと能面顔(笑))
何度も何度も目が合っては目をそらし、をくりかえした。

やましいところがあるから、人の目が見られんのだ。

つまらん人らやなあ。

さあ、冷静になろう。
最悪のことは想定していたから、醜態は晒さずに済んだ。
退社まで実質3営業日しかない。
WEB事業は引き継がれることになった。
クライアント様への承継報告に引き続き契約していただけるかの確認
そして引越し、新会社設立の準備をしなければいけない。

がんばらなければ。